プロフィール

ビジネスの主な経歴

名前: 富永一力(とみなが もとちか)

経歴: 22歳で飲食店自営業を始め、26歳で3店舗の飲食店を経営。

ラーメン屋、居酒屋、焼肉屋を経営してきました。現在で5年間、飲食店を経営中。

最高月収は150万ほど。

人口4万人ほどのかなり小さな町に生まれその土地で小さな飲食店を複数経営しています。

自分が飲食店を展開していく中で飲食店は営業力やマーケティングにかなり知識を欠いている店舗があまりに多いと感じて、飲食店コンサルタント事業をスタート。

それと同時に企業が今やホームページを持っていたり、SNSなどで集客しているのは当たり前の世の中になったにも関わらず、まだまだそういったIT系に関しては疎い人が多いと感じていましたので、ホームページ制作を始めとして、web系の集客サービス事業を開始。

FX歴は5年になるが実質3年くらいガチで勉強しました。今では年間数百PIPSは取れるようになったが、まだまだ安定してはおらず、今も検証とトレードを繰り返しつつ、億り人になる夢を追いかけている。

生い立ち

1992年、3月23日生まれ。現在27歳。

冬は豪雪、夏は全国最高気温を何度も記録してきた、新潟県、中越地域で生まれ育つ。

自然にあふれたど田舎で生まれて、現在もそこに住みながら、当時、私は22歳、妻は17歳という犯罪ギリギリで結婚をする(結婚したので犯罪ではないと思ってる笑)

その後2人の子どもを授かり、割と順風満帆な生活を送っている。

小学校時代

小学校時代はやんちゃな性格なため、喧嘩も多数したことを覚えている。

小2の時にバレンタインデーで2つのチョコをもらい、小学生ながらに浮き足立っていたが、今となってはそれが最大のモテ期だったことに気づく。(せつない・・・)

小4から野球をはじめ、ショートとピッチャーを経験。この頃から少しは運動神経がよかったのか、人数が少なかったのかレギュラーとして試合に出ていました。

中学時代

中学生になっても野球を続けつつ、相変わらずのポジションでレギュラーを勝ち取り、なかなか強い世代だと言われていたが、3年の最後の大会ではノーヒットノーランをくらわされるという大失態をおかし、そのまま引退。

この時、野球の難しさを実感し、プロになることは愚か、甲子園にでる難しさを感じた時期でもありました。

学校では生徒会長に立候補すると、立候補者が私以外にいなかったので、当然のように選ばれた。田舎の小さい学校ではあるあるだと思う。

ただ生徒会長になる前から行動力と提案力の長けた先輩を見ている中で自分もこうなりたいと思っていたのは今でも覚えている。

ちょうどこの頃から時間の使い方や大衆に対してアプローチの仕方など、自分で考える習慣がつくようになったのは今のビジネスでも役立っているのではないかと思う。

高校時代

高校入学は生徒会長をやっていたせいか、近くの偏差値50くらいのなんてことない高校に推薦合格し、何不自由なく受験を終えてた。大人になってみると、もっと努力していい高校に入ればよかったなと思う。

高校時代は大リストラ時代にあたり、親のリストラなどで、経済的に家庭が苦しかったこともあり、野球はせず、ひたすらバイトをしていた。

今、飲食店を経営しているのはこの頃からの飲食店のバイトのおかげということは実感している。

そのほか、学校では大した思い出はないが、唯一その時に担当の数学の先生に憧れ、数学の先生を夢見る頃でもあった。

3年の12月頃まで国立大学を目指していたが、金銭的負担が大きいと思い、小さい頃から思っていた飲食の専門学校に行くことに決めた。

遊びの方ではひたすら麻雀をやっていた。学校を遅れていくのは当たり前。早退するのは当たり前の非行少年のようだったが、麻雀をやることで期待値や確率の観念を知れたことにとても意味があったと思っている。

学校で学ぶことなんて社会に出てもほとんど意味がないと思っている私なので、麻雀はとても価値があるように思えたし、時間のある高校生にとってはこれとない遊びだった。

専門学校時代

地元ではそこそこいい就職先を決めている有名な調理師学校に進学するも、これがまさかの1ヶ月で退学する。

入って早々、生徒の意識が低すぎることに違和感を覚え、こんなところで学ぶんだったら、現場で学んだ方がいいと思ってしまった。

若気の至りというところもあるかも知れないけど、現在自分の店をもち、多店舗展開できているので、そう間違った選択でもなかったのではないかと思う。

ということで専門学校時代はほとんどないので、そこでやったこともほとんどない。強いて言えば、いろんな飾り切りがあるんだと知ったことくらいだ。

社会人時代

専門学校をやめて、高校時代にバイトしていた飲食店で拾ってもらう。そこから新店舗の店長を任されたり、して今に至る。

自営業を始めたのが21歳なので、3年間のサラリーマン時代しかないが、技術的なところというよりも経営的なことをたくさん学ばせてもらった。

その甲斐あって今の自分がある。

社会人になって思ったことが飲食店はサラリーマンではすぐ頭打ちになることに気づいてしまったことだ。

どの業界でもそうだということは今になればわかるが、当時は飲食店しか経験していなかったので、飲食店のサラリーマンは本当に大変である気がしている。

もちろん、そう思わせない飲食店を作ることに経営者としては思いながら日々励んでいるが、難しさも痛感します。

今働いている人たちに感謝をしつつ、もっといい労働環境を作る行動を常に考えている。これに関してはサラリーマン時代があったおかげなんだと思う。

いわゆる反面教師だ。

自営業スタート時代

実は人生で一番大変だったのがこの時期。

沈みかけていた店舗を業務委託として始めることとなった私は当然辛いことも想像できてはいたが、借金を抱えることもなく始められたので価値はあったと思う。

2014年の12月から自営業がスタートしたんだが、ちょうどその頃、今の妻との間に子供を授かったのでそのまま出来ちゃった結婚しちゃいました。当時妻は17歳だったので来年車の免許をとるという状況。

そんな中、最初の月の手残りは20万。2ヶ月目は15万。3ヶ月目には8万だ。

という超極貧生活の幕開けとなった。

ここから半年後くらいからFXを取り組むことになるが、ぼろ負けのギャンブルトレードをしていた。

このままではいけないと思い、妻の車の免許代を2人で何とか捻出し、そのまま車も買ってとにかく仕事に奮闘した。(私が住んでいる田舎では車が必須なので、取らなければいけなかった)

そんな甲斐あってか、1年で利益を1.5倍ほどにでき、その次の年にもさらに1.5倍ほどのに増やすことができた。

何とか営業利益ベースで400万を超えることができたのはやっとスタート地点に立てた気がした。

不労所得を考え始める

少しづつ、利益を伸ばせるようになってからは不労所得を考え始めるようになった。

今となっては不労所得を20〜50万ほど入ってくる環境を実現できているが、飲食店だけでは何となく限界があるという気がしている。

というのも店を増やすためにはいちいちお金がかかってきてしまうからだ。回収まで時間がかかってしまうので、パソコンを使ってビジネスをできないかと考えた。

飲食店は基本は待ちの商売なので、店を離れられないけど、手は空いてるという時間があったので、好都合だと思い、FXや最近ではweb制作やブログにも取り組んでいる。

まだ副収入や不労所得は飲食店以外では大したことないが、これからはそ方向にも力を入れていきたいと思い、奮闘中の毎日です。

情報発信をすることで自分の価値を高めていきたい

今までは、田舎に暮らして狭い視野で生きてきたけど、ネットを通すことで世界がこんなにも広いと痛感させてくれるようになった。

今では、そこに自分の持っている情報を発信することで、自分には価値がないと思っていたことでも世に出したら価値があると思ってくれている人もいるのではないかと思い、ブログを通して発信しつつ、自分自身を広めたいと思うようになりました。

SNSやブログを通して自分自身の価値を高めていくことをできる時代に生まれたことに感謝しつつ、有益だと思えることを発信していこうと思います。

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